2010年12月31日

岡田茂吉氏に関する疑問 4

彼は「自分が地上にいる間に地上天国を実現する」というようなことを言いながら、実現しないままに逝ってしまった。

真山氏先ほどのお守りの科学的根拠というのは何でございましょうか。
明主様『光』という字を書くと、その中に光が入って行くのです。
真山氏それは教祖だけがおやりになられるわけで・・・・・・。
明主様そうです。それだけの能力を神様から与えられているのです。
真山氏その神様というのは・・・・・・。
明主様主神(すしん)といいますが、最高の神様です。最近のことですが、ある人にキリストがかかって、この神様によって救われてます。
中村氏『光』という字ですか・・・・・・。
明主様(お守り様をお見せになられ)
これを一枚六秒で書くのです。ですから、とても早いです。これを懐に入れた刹那から病気を治せるのです。
真山氏そうすると、いつも神様が教祖の体に宿っているわけでございますか・・・・・・。
明主様そうです。ここにいるのです。
真山氏教祖の『光』というのは、世界的には教祖お一人ということになるのですか・・・・・・。
明主様そうです。昔からないのです。人類始まって以来初めてです。
真山氏しかし教祖がなくなられると、後、救世教はどういうことになりますので・・・・・・。
明主様霊界から働きますから、何でもないです。
真山氏『光』の字を書く人はいなくなるわけですか・・・・・・。
明主様その時代になると、けがれのある人がなくなるから、必要ないわけです
真山氏では、そのときまでは教祖も生きられるというわけですね・・・・・・。
明主様そうです

(パリ・マッチ誌 1952年9月号に掲載されたレイモン・カルチェ氏 日本の旅の一部)
レイモン・カルチェ氏と岡田茂吉師との出会いについての記事

(…)

彼は教会設立も後継者も考えてはいない。
と言うのは彼の伝道は彼の地上生活、それは100年間だけなのだが、それが終わる前に完成すると思っているからだ

(…)

私が、キリストはラザルを生き返らせたと注目を促すと、岡田氏は何のためらいもなく、自分の弟子たちも死に対し、同じ力を持っていると答えた。
私はすぐ実際にやってみてくれと言って、気まずい場を作るのを心配し、言うのを避けた。

岡田茂吉: 1882年12月23日 - 1955年2月10日
彼は周囲の者に「自分は100歳まで生きる」と言っていたそうである。(90歳と言ったという説もあるが。) しかし、結局72歳で逝ってしまった。
「神様の御計画が変更になったのかも」と言う者もいる。

「キリストはラザルを…」の件だが、聖書によると、ラザロは死んで四日も経ってからイエス様によって蘇らされたのだ。ラザロの姉妹マルタの「主よ、もう臭くなっています。四日目ですから」という言葉が記録されている(ヨハネ 11:39)。私は「記録」と信じる。
しかし岡田氏は、そのようなディテールに触れないまま上のように答えるわけである。そしてもちろん、彼も、また彼のいかなる弟子も、ラザロの奇跡に匹敵するような奇跡は一度として起こしていない。(起こしていたら新聞に載るであろう。)

彼はラザロの蘇りの奇跡の「死後四日の経過」を信じていなかっただろう。葡萄酒の奇跡と同様「半信半疑」だったのかも知れない。あるいは良心的に見れば、自分にインタビューしている者が西洋人だということで気を使い、直接の言及を避けたのかも知れない。いずれにせよ「死後四日」を信じていなかっただろう。

彼はこう言っている。
「仮にも世界をリードしている文化国民を中心に、数億の尊信者が絶対帰依している、キリストともいわるる大聖者があり得ざる事をあるといって予言するはずはない。もし本当にないとしたら、単なる嘘つきという事になる。」
しかし「キリストの予言」とは言っても聖書の中の記述である。では、彼は聖書を高く評価しているのかと言えば、全然そんなことはない。彼はマリアの処女懐妊やモーセの海を割った奇跡やイエスのパンと魚の奇跡を「拵え事」と言い、葡萄酒の奇跡に関しては半信半疑で、ラザロの奇跡についてははっきりと言及せず、ただ彼にとって実感の持てる奇跡はイエスの病気治しの奇跡のみだったということであろう。また彼は、以上により当然のことながら、イエスの「復活」と「昇天」(それは新約聖書の、キリストの事跡の中心的なものである)を全く信じていなかったであろう。
しかし、以上これほど否定すれば、聖書の全てを否定したようなものである。彼は聖書の中から自分が信じられるものをピックアップしただけであって、実は「聖書は単なる嘘つき」と思っていたに等しいであろう。

私はキリスト者として「怒って」いるのではない。ただ、彼のそのような取捨選択がかなり「普通」のものだったと思うわけである。かなり一般人と同じようなものであったと。