2012年5月18日

大阪梅田教会はフリーメイソンのモニュメントである  4

4.見事なまでの相似
最初のページで、「最後に全体を見て下さい。そうすれば、あなたは全てを納得するでしょう」と書いた。ここで、その「全体」を簡単に、図式的にまとめてみる。
まず、次の二つは〈仲良し〉である。
「私はフリーメイソンがカトリックで禁止されているのは知っていますが、果してそれが本質的にどれほど悪いものであるかは知りません。それについてはどんな確信もありません」 などと言わないで下さい。
そして、上の組み合わせとほとんど同じものを、私達は大阪梅田教会の中に見たのである。
カトリック大阪梅田教会(サクラファミリア)
最初のグループとの見事なまでの相似である。
次に、これらのグループにもう一つの要素を加えてみる。「思想」である。
最初のグループにおいては、そのピラミッド自身が語っている。
次のグループ。
カトリック大阪梅田教会(サクラファミリア)
どちらも Unity の思想なのである。
大阪のグループの思想を表わすアイコンとして、私はシナピスを持って来たわけだが、しかし私が指し示したかったのは、シナピスなどの個々の組織・機関というよりはむしろ、シナピスの標語「へだての壁をとり壊して」に代表されるような、その種の精神(説明は省く)それ自体の方である。
私は大阪在住ではないから、大阪梅田教会という器に実際どれだけUnity思想が盛られるかは、ネットを通じて知るしか術がない。しかし、おそらく間違いないだろう。そこにはUnity思想が、悪しきエキュメニズムなどが盛られるだろう。
いささか簡単だが、全体のまとめはこれで終わりとする。
何故このように簡単に終わらせるかというと、このような事は、分かっている人には今さら説明の要はないし、他方、分からない人には、いくら言葉を重ねようと、分かってもらうのはなかなか困難だからである。
ただ、ここに、私達にとってヒントとなるものを少しだけ置くことにする。それについて説明はしない。もうしない。学ぼうとする人だけ学んで下さい。(しかし、あなたに神のご加護のあらんことを。)
それは悪人の言葉である。悪人は悪人だが、彼らは「理解力」は持っている。
多くの者は、神の愛はどんな敵意も超えていると信じる習慣がついている。
シナピスの皆さん、天主様はあなた方よりも「へだてる」でありましょう。
地球上のいたるところに「自由」「平等」「友愛」の標語が、何もわからぬ旗持ち人足〔にんそく〕の熱心な努力で(…)


ええ、「何もわからぬ旗持ち人足」という言葉の後に司教様たちの写真を持ってきたりして、カトリック信者として態度が悪いのは知っています。しかし、司教様方、あなた方はあなた方で、大阪梅田教会のことをどうなさるのですか。
松浦補佐司教様、あなたは今後もその教会を保つのですか。
菊地司教様、あなたはまだ大阪梅田教会を、そしてボナノッテのサクヒンを評価なさいますか。それとも見方を変えて下さいますか。
何故なら、この建物の意味はこれほどはっきりしているからです。それはその明示において、その自己開示において、私達に親切でさえあります。
あなた方は、まさか、これをお見逃しにはなるまい。
見なかったことには、すまい。
カトリック大阪梅田教会(サクラファミリア)
そうでしょう?

カトリック大阪梅田教会(サクラファミリア)

カトリック大阪梅田教会(サクラファミリア)

それとも、皆で一緒に「見なかった」ことにしますか?
何も無いかのように振る舞いますか?
そんなことをすると、きっと高く付きます。