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2010年10月28日

メーソン蜘蛛と U2

特に、U2 ファンへ

私は、自慢じゃないが、連想魔である。時々、「何でもかんでもをくっつける(結びつける)」と非難される。しかし、確かにたまにはオーバーランすることもあるけれど、自分ではそんなに「何でもかんでも」ではないと思っている。

メーソン蜘蛛のことが出、アンソールの墓のことが出、ピースシンボルのことが出、ボノのことが出たところで、私の脳裡に浮かんだことがある。

これなんだが。
アイルランド出身のロックバンド U2 の
2009年のツアー: U2 360° Tour

この節足動物の足を思わせる巨大で醜悪なステージセットとロゴが、私にちょっとしたことを思わせる。



巨大醜悪生物の下に人々が集う

CLAW

MAMAN

U2 のこのステージセットは「CLAW(爪)」というニックネームで呼ばれたものだが、これと「ママン」との間には共通点があると思うのである。
  1. どちらも巨大である。人間を圧倒する大きさである。あたかもこの蜘蛛や節足動物は「人間を凌駕した存在」であるかのようである。
  2. どちらもある種の精神性あるいは宗教性を伴っているようである。
ボノは前年の Vertigo Tour で「COEXIST(共存)」を大々的に謳った(参照)。そして 360° Tour では、このステージセットはスペインのサグラダ・ファミリアから着想を得たと言い、また「音楽は礼拝だ」と言っている。そして事実、「CLAW」は、頂上から眩い光が放射されるという極めて明確に宗教的なイメージを伴ったものである(参照)。

そして片や六本木ヒルズは巨大蜘蛛を説明して「世界中から人が集まり、新たな情報を紡ぐ場の象徴」と言っている。
そうして、その言葉通り、上のサンクトペテルブルクでは、大人と子供がクモの下に集い、手をつなぎ輪になっている。これは何気ないようだが、誰かによる何かの示唆がない限り、このようにはならないだろう。誰が、このグロテスクな大蜘蛛の下で手をつなぎたいなどと、自然に思うものか。誰かが、このゲーヅツ作品の「持つ意味」を教えたのだ。

もう一度上の二枚を見比べてもらいたい。どちらも「巨大醜悪生物の下に人々が集って」いるのである。心を潜めてよくよく見れば、とんでもなく「まともでない」情景・図式であることが分かると思う。多少大袈裟に言うなら、このクモやカニのようなものは「神の場所」を奪っているのである。人類にとって神がおられるべき場所に、デンと据わっているのである。

そして「馬鹿馬鹿しい」情景・図式でもある。すなわち、人間はいつから「平和」や「共存」や「連帯」や「対話」や「交流」のために、更には「母なるもの」のために、クモやカニのお世話にならなければならなくなったのか?(笑)

*

そして、クモやカニがなくてさえ(笑)、今後はこういう雰囲気のものには要注意だろう。


つまり、これあるいはこれらは、クモやカニがいようといまいと、フリーメーソン/イルミナティ流の「神」の打ち出し方なのである。抽象的な神、象徴であるだけの神、実体があるんだかないんだか分からない神、精神的理想であるだけの神。
そのようにして彼らは、神を知らない人々にも神を知っている筈の人々にも、真の実体ある神への希求を削ぎ、視線を外させようとしている。(そして他方には「世界の危機」を置くだろう。)



蜘 蛛

「ママン」は「卵を抱いた母蜘蛛」ということであった。
私の目には、U2 の CLAW も「卵」を持っているように見える(笑)



この節足動物のようなものが足の内側に抱いているのはモニターの集合である。私も正確・詳細には知らないのだが、セットの上中心から円錐状のものが降りて来て、その側面には何百というモニターが張り付けられており、そこにステージで歌っているメンバーの姿が大映しになるという仕組みらしい。
私の目には、そのモニターの一つ一つが「卵」に見えるわけである(笑)

しかし私は今、これはまんざら馬鹿げた想像でもないかも知れない、と思う。
何故なら、蜘蛛は卵嚢(らんのう)をこのように抱くからである。



気持ち悪いものを見せてごめんなさい(既にさんざん見せているが)。けれど、私は、ほぼ間違いなくこういうことだろう、こういうイメージで作られたものだろう、と思う。(どうぞ、もう一度見比べて下さい。)

結局、このようなステージの大スペクタクルを見せられて「凄ーい!」と感動したファン達というのは、この種のイメージを大金かけて遊ぶお兄ちゃん達(いや、おじさん達)に ------- 特に、このような他では見たこともないほど大規模でテクノロジーの塊であるステージセットに庶民感覚からは目の玉が飛び出るほどの莫大な金を注ぎ込むところの「慈善活動家」であるボノに ------- まんまと乗せられていたというのが真相なのではあるまいか。



好 物

もちろんイメージは複合的だ。
Claw(爪)だというのも本当だよ。
どうせ彼らの「イメージ遊び」だもの。

結局、このステージセットは、

その光であり、
爪であり、
蜘蛛だったってことだよ。

サタニストの好物ばかり。



母蜘蛛

つまり、全体像を少々漫画チックに表わせば・・・

参照 参照

それは「母蜘蛛」でなければならないだろう。
その母蜘蛛が産み出そうとしているのは、
私達のこのような(↑)状態だろう。

彼らはそれを
「新しい意識」「新しい生命」
と称するかも知れない。
参照

*

結局、CLAW はもう一つの「ママン」であった。

そして、彼らは
自分達の姿をモニターに映したのであるから、
自分達がその母蜘蛛の子供であることを
暗に自ら白状していたわけである。

*

もちろんボノなんていうのは小物だよ。
レディ・ガガもそう。
大衆部門における彼らの道具に過ぎない。

でも、大衆部門ではあれ、
彼らの計画の「ひな型」みたいなものは
ここに出ていると思う。

*

私のことを「オカルト頭」と言わないで欲しい。
人は、自分の行く手にウンコが落ちていることを
誰かが教えてくれた場合、
その人のことを「ウンコ臭い」とは言わないだろう?
(そんなことを言ったら、何と恩知らずだろう!)
けれど、誰かが「悪霊」のことをしきりに言っていたら、
人は往々、その人のことを「オカルト臭い」と言うのだ。
残念! 残念!



ロゴ

これはもちろん「自然の帰結」であり得るわけだが、
それにしても似ていると思うのである。


Broken Cross

もちろん「確証」は無い。
しかし、何にしても「不吉」なことではある。